たかやの適当雑記帳

適当がモットーです。

若者に甘く年寄りに厳しい?

どうも、たかやです。

最初にお墓参りに行った時の写真を1枚。

これ、一応はうちのお墓がある所からさらに上へと向かう道なのですが、もう誰も行かなくなって手入れもされていないみたいです。

諸行無常と言いますか、時の流れは非情です。

 

それでは本題。

ある程度歳をくった人が口にするのが、『昔は良かった』という愚痴です。

とは言えあまりリアルで耳にした事はなかったのですが、盆にあった親戚の集まりで聴くことになりました。

介護保険料が高くなっていったり、年金の支給開始が遅くなったり額が減ったり加齢による健康問題だったりというのが理由らしいです。

さらに付け加えると、その親戚は「今の世の中は若者に甘い」とも口にしていました。

まあ昨今の気温の上昇や異常気象の多さ、果たして年金だけで生活出来るかといった不安などがあるので昔は良かったと言うセリフについては多少の同意は出来ましたが、今の世の中が若者に甘いというセリフについてはちょっとうなずけませんでしたね。

生活が厳しくなってきているからそういう言葉が出て来るのでしょうが、私にしてみれば苦しいのは年寄りも若者も一緒のような気がします。

産まれた時からずっと不況だったりコロナ禍で青春を潰されて来た若者にしてみれば『ふざけるな』という感じなのかもしれません。

それでも戦後の何もない時代を過ごして来たり、就職氷河期で大変だったり、バブルが崩壊したりで大変だったりしたかつての若者にしてみれば、今時の若者は自分たちよりマシなのでしょうか?

増税なりなんなりで大変なのはみんな一緒のはずなんですけどね……。


まあ親戚の人にしてみれば、ただグチりたいだけなのかもしれません。

ですが、グチを言うという事はああしたいこうすれば良いのにという不満や希望があるはずです。

『昔は良かった』と並行して今度は『昔は大変だった』と口にする人もいますが(どっちだよ)、それだけです。

不満を減らしたり希望を叶える為に行動する人は少ないです。

理不尽をそのままに受け入れて日常としていた人がほとんどなのでしょう。

例えば私みたいに休日が少なくサービス残業が多い職場で働いている人間は、昔だったらそれでも働いて働いて定年まで勤め上げるのが当たり前でした。

自らの家庭や身体を犠牲にしても、です。

それが今やそんなキツい所はまず選択肢にすら入らなくなっていますし、たとえ就職しても辞めてしまいます。

昔の苦労話を聞かされたところで、

そんなにしんどくても働いて来たんだ、スゴイ!

ではなく、

そんなに大変なのになんで辞めなかったの?

なんて、今はきっと称賛ではなく疑問に思われるのかもしれません。

ただ苦労しただけ耐えただけの話ではなくて、だから現状を改善するためにどう動いたかを口に出来ればもっと真面目に話を聞けるんですけどね。

俺が大変だったからお前も大変でいろ、なんて心底勘弁して欲しいです。

若い時の苦労は買ってでもしろとは言いますが、どう考えてもしなくて良い苦労やさして必要のない苦労は金をもらってもごめんです。

よっぽどの大金を積まれれば分かりませんがね。

 

なんて事を、アルコール度数6%の缶チューハイ1本で身体中真っ赤にして2〜3時間ほど横になりながらいろいろと考えてました。

私は長年グチをこぼすだけの社畜生活を送っていましたが、辞職という行動を起こして無職生活を手に入れたのは褒めてあげたいですね。

そもそもそんな会社に入るなよ、というツッコミはなしでお願いします。