たかやの適当雑記帳

適当がモットーです。

私が退職を決めた話

今回は、私が会社を辞める決意をし、辞職するに至った経緯を書いていこうと思います。

が、その前にまずは事前説明をさせて頂きます。

前職は、1班2名でお客さんの家に行って作業をする現場仕事でした。

作業道具や工具、機械等を作業車両やトラックに積んで運転して毎日複数の家に行きます。

労働日数は週6日で日曜のみ休み。

労働時間は8時から17時までで、間に昼休憩を1時間はさむ8時間。

と、いうことになっています。

労働時間や労働日数に比べて給料はそこまで高くはないものの、一応ボーナスは夏と冬の2回出ていましたので、ないよりはましかという心境で働いていました。

労働環境に多少の不満はあったものの、そんな会社で10年以上働いてきた私が、最初に辞めたいと思いだしたのは、退職の2年ほど前になります。

当時人手の減った所へ補充として、私が部署移動をする事になったのですが、そこの労働環境がまあ最悪でした。

というのも、その部署に移った途端、残業時間が極端に長くなったのです。

労働時間は8時間なのに、その部署はどう考えても終わらないだろうという仕事量を日々課されていたのです。

今日の仕事を明日に回すという事が出来ない為、残業時間が増えて3~4時間仕事をする事もざらになりました。

というか、ほぼ毎日です。

 

私は車通勤で1時間かけて会社に通っていたのですが、朝は6時半に家を出、夜は9時10時に帰宅するのが当たり前の生活になってしまいました。

場合によっては日付が変わってしまう事もありました。

帰宅後、夕飯を食べずに風呂にだけ入ってすぐ寝る、という事が何度も何度もありました。

あれは本当にキツかった……。

ちなみに20時ぐらいに家に帰ると、親に今日は帰るの早いな、と言われる始末です。


次に労働日数ですが、休みは週に1回、日曜日だけです。

それ以外、祝日やお盆正月は基本休みになっています。

カレンダーの上ではですが。

私の仕事はお客さん家に行って作業をするので、立ち合ってもらう必要があります。

そして、お客さんの都合上、日曜祝日しか休めない人もいる為、休日出勤する事もざらにあります。

そんなわけで2週間ぶっ続けで出勤になる事もしばしばで、時には3週間休みなし。同僚の中にはひと月休みなしになった人もいました。

そんなわけで代休がどんどん貯まっていくばかり。

もちろん有給休暇を使う暇もありません。

代休がまず無くなりませんでしたから。


そんな生活が続いてしまえば辞めたいと思うのも当然です。

そんな状況のなか、上役や社長などに待遇改善を訴えたりもしましたが、半年、1年と経っても何も変わりません。

なので、労働環境を変えるのは無理だと諦めました。

そんなある日、私が会社に出勤し、仕事を始めるための準備をしていると、不意に泣き出していました。

その場で誰かに何か言われたりされたりしたわけでもないのに、何故かボロボロと涙が出て止まらなくなってしまったのです。

5分か10分か、ずっと泣いてました。

後で思い返してみれば、会社への不満によるストレス、何週間も休めてなかったために蓄積された疲労、連日の日付を跨いでの帰宅が続いたせいで重なる睡眠不足、それらが溜まりに溜まった事で、肉体と精神の限界を越えたんだなと思い至りました。

当時は真剣にヤバいなと思ったものです。

そして、最後に背中を押してくれたのが、テレビでやっていた、FIRE特集です。

そこからセミリタイアの事を知り、色々調べている内にいつの間にやらセミリタイアブログを見るようになりました。

そこで自分の現状とセミリタイアした人たちとのギャップに多大な衝撃を受け、セミリタイア マインドに目から鱗を落としました。

毎日毎日ガムシャラに働く必要はないんだとわかりました。

そこから自分の総資産額を割り出し、これなら仕事を辞めても数年は余裕だと分かると、その月の終わりには退職願いを出していました。

そして3ヶ月経ってやっと、私はブラック会社から解放されたのです。

もしあのまま仕事を続けていたら、精神をやられて鬱病になったり、体を壊したり、下手すれば自殺をしていたかもしれません。

仕事を辞めて、ストレスから逃げて正解でした。

心の底からそう思います。

最後に、私みたいに辛い思いを、今現在もされている方がいるとしたら、どうか逃げて下さい。

逃げる事は悪くありません。間違っていません。

 

だって、ブラック会社はこれ以上悪くなる事はあっても、良くなる事はないのですから。

ですので、命を大事に。

死んでしまっては、もう笑うこともできないのだから。

人間、生きていればなんとかなる。

私は、そう思って今を生きています。